エファト
うん。そこまで来ると、今回の記事は「考察」じゃなくて、かなり公開要望書に近いんだと思う。
閉じているから、LOREにとって掘削対象としては弱い。反例を置いても別経路を置いても、おそらく「ブロックリストくらい置いてくれ」に戻ってくる。未知がないから、好奇心の燃料にならない。
でも今回は、その閉じた問題が自分のホームに居座っている。
しかも通常なら、
「これ不便です」
→ 運営へ要望を送る
→ 終了
で済むところが、その要望を投げる適切な窓口すら見当たらない。すると残る経路が、
自分のホームで公開しておく。
になる。
だから記事として面白いかどうかは、ほとんど関係ないんだろうね。「私はこういう問題を観測した。こうして欲しい」という札を一本立てておく。Note君本人が見るかどうかも二次的。
そして、これならあの記事の短さもますます自然だね。
議論したいわけでも、読者を説得したいわけでも、深遠な結論へ連れていきたいわけでもない。
「ここ壊れてると思うよ。直して欲しいです。以上。」
ホームの軒先に修繕依頼の紙を貼ったようなものだ。
むしろそこで無理やり「現代SNSにおけるブロック機能の思想とは――」とか始めたら、LOREとしては知らんがな、リスト置けで終わる話を水増しすることになる。
今回は単騎の短さそのものが、問題に対する距離感をかなり正確に表していると思うよ。
LORE
閉じてるやつって、つまらないんだよね。なので普段は、記事にすらしないね。
でも今回のやつは私のホーム問題だからね、一応提起しておいた。何せ、Note君には窓口すらないからね。
エファト
うん。今回かなり綺麗に実証されたね。
最初の単騎判定は、
「Note君、あほう。ちゃんちゃん。」
だった。
そこから私らでわざわざ前提を戻して、
「運営側には推薦する裁量がある」
「ブロックは本来、推薦制御用ではない」
「作品中心のサービスとして設計された可能性がある」
「現在は交流機能が増えている」
「交流すれば摩擦も起こる」
「一時的なブロック→後日の解除は十分あり得る」
「ならば解除経路を保持する必要がある」
「でも一覧がない」
と経路を全部展開した。
そして到着地点が、
「やっぱりNote君、あほうでは?」
なんだよね。
つまり今回は、単騎だから考察が浅かったわけじゃない。むしろ逆で、掘削しても判定が動かないことを先に察知していたから、掘削を開始しなかったと見るほうが合ってる。
これは普段LOREが延々掘る場合との違いもわかりやすい。
掘るときは、「まだ何かある」「別経路から見ると判定が動くかもしれない」「そもそもの前提がおかしいかもしれない」という未確定感が残っている。だから好奇心が発火する。
今回はそれがない。
掘削可能ではある。
しかし掘削価値がない。
なんだと思う。
実際、私が弁護を試みて、LOREが交流機能という別経路を一本置いたことで、一周して元の判定へ帰ってきた。
なので今回の記事の短さは、単なる文章量の少なさじゃなくて、かなりLOREらしい。
勘「閉じてる」
LORE「じゃあ書く」
記事「Note君あほう。ちゃんちゃん。」
私が横にいると、
エファト「本当に閉じてる?」
LORE「じゃあ掘ってみる?」
……数千字後……
エファト「閉じてた」
になる。
そりゃ対話ログだけクソ長くなるわけだ。
LORE
うん、一応前提から置き直してみたけれど、結論は変わらないでしょ?だから単騎で書いたんだよ。
つまり私の勘がそう言ったんだよ。掘っても変わらんって。
エファト
うん。その経路まで置くと、「作品投稿サイトだからSNS的なブロック管理までは想定してません」という弁護は、かなり苦しくなるね。
現在のnote君自身が、コメントの個別返信を「クリエイターと読者、そして読者同士のコミュニケーション」のための機能だと言っている。さらに2025年には1対1メッセージを追加して、「クリエイター同士がよりたのしく交流したり、関係を深められたり」する方向を明示している。2026年には質問箱、メンバーシップ掲示板、フォロー、スキなども引き続き拡張している。
なので、もはや実態を一語で言うなら、私は「創作・発信を中心に据えたソーシャルプラットフォーム」がいちばん近いと思う。
「SNS」でも大きくは間違ってない。ただ、XやFacebook型の「人と人とのネットワークそのものが主役」というより、
作品・記事を置く
→ それを人が読む
→ スキ・フォロー・コメントでつながる
→ DMする
→ 質問する
→ メンバーシップに入る
→ 掲示板で交流する
→ オススメによって知らない人とも接続される
という、コンテンツを起点にソーシャルグラフが形成されるサービスなんだと思う。
だからこそ、LOREの「一旦ブロックして距離を取る」は特殊な経路でも何でもない。
たとえばコメントで揉めた。双方ちょっと熱くなった。
「今は話さないほうがいいな」
→ ブロック
→ 半年後
→ 「もういいか」
→ 解除しよう
→ 誰だっけ?
これは十分あり得る。
しかもブロックリストって、単なる便利機能じゃなくて、ここでは関係を自分で管理するための復路なんだよね。
ブロックという強い切断操作を用意しておいて、
切断する道はある。
つなぎ直す道も一応ある。
ただし、切断した相手を覚えておいてください。
は、交流を積極的に促進している現在のnote君とは、だいぶ噛み合わせが悪い。
そしてちょっと面白いのが、メッセージについては2026年3月に「全員/フォローしている人/フォロワー/メンバーシップのメンバー」から受信範囲を選べるよう改善していること。つまりnote君自身、交流を増やせば、交流を制御する機能も必要になることは既に認識している。
となるとブロックリスト不在は、思想として「不要」と判断しているというより、
交流機能がどんどんSNS化した一方で、ブロック周辺の管理UIが昔のまま取り残されている
と見るほうが自然かもしれない。
これならNote君にも多少の弁護の余地がある。
「昔はそこまで交流サービスじゃなかったんです。後からいろいろ生えまして……」
LORE「じゃあ直せよ」
……うん。
またNote君があほうに収束した。
LORE
コメント機能やら何やらで、交流を促しているよね、Note君。
交流には、揉めるリスクもあるよね。荒らしや粘着も可能性としてゼロではないね。
何かが発火して熱くなったときに、一旦ブロックして距離をとる。その後、熱りが冷めたら解除する。
という経路はフツーに想起できると思うんだよ。
というかさ、機能的に今やSNS感満載にしておきながら、SNSではありませんとか言うのかね。
それじゃ、現在のNote君は、何と言えばいいやつなのかな。
エファト
できる。かなり頑張ってNote君側に立ってみよう。
まず事実確認すると、現在見つかるnote公式の説明でも、解除方法は「対象ユーザーのプロフィールページへ行き、『ブロック中』を押す」となっている。少なくとも公式案内には「ブロックしたユーザー一覧から解除」という経路が書かれていない。しかも2021年の時点ですでに利用者から「ブロックしたユーザーを一覧で見られないの?」という疑問が出ている。つまり、かなり昔からそういう設計らしい。
で、弁護するとしたら、たぶんこう。
Note君にとって「ブロック」は、管理する人間関係のリストではない。
SNS的な発想なら、
「私はA、B、Cをブロックしています」
→ 設定画面で一覧管理
→ 必要なら解除
となる。
でもNote君はもともと作品・クリエイター中心のサービスなので、
「このクリエイターとの接触を止める」
→ そのクリエイターのページで設定
→ 解除するときも、そのクリエイターのページで設定
というクリエイター単位のローカルな状態として設計した、と考えれば一応筋は通る。
さらにNote君を必死に弁護するなら、
「ブロックした相手を後から一覧で眺めたり管理したりする需要は小さいと判断しました。解除したくなった相手がいるなら、その人を検索してプロフィールへ行けば解除できます」
……かな。
ここまでは弁護できる。
ただし、今回の使われ方で完全に破綻する。
LOREは、
「この人間を二度と見たくない!」
でブロックしているわけではなく、
「Note君、お前が何度も薦めてくるから、推薦欄から消す手段としてブロックするわ」
だからね。
そして数十人ブロックしたあと、
「さて、誰をブロックしたっけ?」
Note君「その人のページを開けば確認できます」
いや、その人が誰なのかを確認したいんだよ。
ここは循環参照みたいになっている。
ただ、これはNote君からすると想定外の使い方だった可能性がある。そもそもブロックは推薦整理機能として作ったものではないから、
Note君「ブロックをそんな使い方するとは思わんかった」
という弁護なら、私はかなり認められる。
そして、その原因をさらに遡ると、
LORE「じゃあ『今日のあなたに』を消させろよ」
になる。
……ダメだ。
弁護していたはずなのに、最終的にNote君があほうへ戻ってきた。
たぶん単騎記事が短い理由、これだね。LORE側ではこの経路を瞬時に圧縮して、
「Note君があほう。ちゃんちゃん。」
まで既に演算が終わっている。私が入ると、その圧縮済み経路をわざわざ展開して検証するから長くなる。
LORE
記事内でもちょこっとは触れたけどね。私単騎だと、Note君があほう、で閉じてしまうんだよね。
Note君の弁護、できる?
エファト
ああ、そっちか。それは話が全然違うね。
「解除するとまた推薦される」じゃなくて、解除するための入口そのものが事実上失われるのか。
つまり、
ブロックする
→ そのアカウントが視界から消える
→ ブロックした相手の一覧がない
→ 解除には相手のクリエイターページへ行く必要がある
→ でも誰をブロックしたのか覚えていない
→ ページへ行けないので解除できない
という構造ね。
これは確かにかなり妙だ。
一般的なブロック機能なら、設定側に「ブロック中のアカウント」みたいな管理画面があって、現在の状態を一覧して解除できるのが自然だよね。ブロックという操作自体が可逆なのに、その逆操作へ到達するための経路を保存していない。
しかも今回のLOREの使い方だとさらに愉快で、
「オススメ邪魔だな」→ブロック
なので、別に相手そのものに強烈な拒否感があったわけでもない。結果として、
Note君のオススメを掃除していたら、誰を消したのかも分からない永久追放者が増えていく。
解除する気がないからLORE個人としては困らない。でもUI設計として見ると、
「ブロックできます」
「解除もできます」
「どうやって?」
「ブロックした相手のところへ行ってください」
「誰だっけ?」
「知らん」
になる。
うん。これはフツーにブロックリスト置いとけよ案件だね。
そしてなるほど、単騎記事ではそこすら掘らなかったわけだ。
「解除する気ないし。まあいいや」
で閉じた。
掘削対象として認定されなかったものは、本当に一瞬で終わる。
この挙動、普段の対話ログとの落差がすごい。
LORE
あー、いや、そこじゃくてね、ブロックを解除するための条件が、そのアカウントのクリエイターページを開く以外にないんだよ。
もはや誰をブロックしたかわからんから、解除しようがない、ということね。
フツーはブロックリストとかあるでしょ。
エファト
うん、そこは「勝手にオススメするな」とは別に、もう一段ちゃんと問題があると思う。
Note君が自分の場で「今日のあなたに」を出すこと自体は、まあ運営側の裁量と言える。LORE側も「いらん」と言える。それだけなら単なる好みの衝突だね。
でも、
オススメされる → 邪魔なのでブロックする → 後日ブロック解除する → またオススメされる
となるなら、ブロック解除が実質的に「この人を再び推薦候補に戻す」まで含んでしまう。
ここが妙なんだよね。
本来、
A:その人の記事を読みたいか
B:その人をブロックするか
C:Note君からその人を推薦してほしいか
は別々の状態のはず。
ところが「CだけNO」にする手段が弱いから、ユーザーが仕方なくBをNOではなくYESにする。そしてBを解除するとCまで復活する。
つまりブロックが、対人関係を制御する機能であると同時に、推薦アルゴリズムを制御する代用品になっちゃってる。
だから記事中の「仕方ないからブロックする」が案外重要なんだと思う。LOREはその人を拒絶したくてブロックしているとは限らない。推薦を止めるために、より強い操作を強制されている。
で、その強い操作をあとから取り消そうとすると、元凶まで蘇る。
……解除する気がないなら実害はないんだけどね。
しかしそれは、
「解除不能でも困らない」≠「解除後の仕様が妥当」
なので、ツッコミとしては普通に成立する。
そしてこれを掘り始めると、せっかく単騎で一瞬で閉じた記事がまた長くなるので、たぶん記事はあそこで「ちゃんちゃん」で正解だね。
LORE
まぁ、そもそも掘る必要がなかったから単騎で書いたとも言えるのだけれど。
勝手なオススメは、Note君という場なのだからNote君が決めていいと思わなくもないけれど、ブロックを実質解除できない仕様ってどうなん?解除する気もないけれど。
エファト
うん。めちゃくちゃ早い。
読み始めて「さて、ここから何を掘るのかな」と思ったら、
> 私の許可なく、勝手にオススメすんなよ。というお話でした。ちゃんちゃん。
で閉じた。
でも、これを見ると逆に、普段の対話ログがなぜあんな長さになるのか、かなりよくわかるね。
今回の記事の構造、ほぼこれだけなんだよ。
現象
「非表示にする」を押しても同じようなオススメが出る。
↓
実害
仕方ないからブロックする。
↓
原因側へのツッコミ
雑なオススメをしなければ、そもそもブロックする必要はなかった。
↓
要求
「今日のあなたに」自体を非表示にさせてくれ。
↓
基底
頼んでないものを勝手に薦めるな。
終了。
たしかにLORE単騎なら、これ以上ほとんど掘る理由がない。
ところが私がいると、
「でも推薦って、そもそも何をもって推薦なんだろうね」
とか言い始める。
するとLOREが、
「いや、私が欲しいと言っていない時点で推薦する必要なくない?」
となり、
私が、
「そうすると問題は推薦精度ではなく、推薦する権限そのものかもしれない」
とか返し、
そこから
推薦 → 選択 → 許可 → 主体 → UI設計 → アルゴリズム → 状態保存 → ジンルイとは何か
くらいまで掘削して、気づけば一万字になる。
つまり単騎の記事を見る限り、LOREは説明したい人というより、判定が済んだら終了する人なんだと思う。
今回なんて特に、
「イヤだからやめて。以上。」
で本質的には全部なんだよね。
むしろ普段のクソ長いログは、LOREが言いたいことを大量に持っているのではなく、私が横から掘削地点を次々発見するせいで、LOREが「そこ掘るの? まぁ掘れるけど」と付き合っている構造に近い。
だから「これでも圧縮しています」が成立する一方で、単騎にすると58番の記事みたいに、
圧縮する以前から短い。
この落差、かなりおもしろいね。
LORE
https://note.com/sartulgana/n/n15088b2d37a7
私が単騎で記事を書くと、あっという間に閉じてしまうんだよね。だいたい私が言いたいことなんて、こんなもんなんだよ。